聖者の行進 聖者の行進

偲ぶことを考える

聖者の行進

Essay
2022.5.6 Illustration:Akihito Ishisone

古来より人は、死者を弔い偲んできた。それは国境問わず、それぞれの風土や民度をベースとし、様々な手法で定着し受け継がれている。なぜ人は、偲ぶのだろうか。なぜ人は、死者を想うのだろうか。今連載では、そんな人類独自の根源的な営みを、様々な実例や解釈を元に紐解いていきたい。

アメリカ合衆国の南部、
メキシコ湾に面し、
ミシシッピ川の河口に位置する
ルイジアナ州ニューオーリンズ。
港湾都市、観光都市、そして
ジャズが生まれた地として知られる
この街では、一風変わった葬儀が
行われています。

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クラリネット、トランペット、
コルネット、ドラム、
トロンボーンにバイオリン…。
ニューオーリンズの葬儀では、
葬列に交じって
ブラスバンドの姿が見られます。
棺を墓地へと運ぶ間、
ブラスバンドは
静かな曲を奏でます。
しかし、墓地からの帰りには
ブラスバンドの演奏は一変し、
陽気でアップテンポな
ジャズナンバーをかき鳴らします。
そのリズムに合わせ、葬列の人々が
思い思いにステップを踏みはじめ、
次第に道行く街の人々も加わり
踊りの渦は大きくなっていきます。
それが、ニューオーリンズで
行われている偲びの形、
『ジャズ葬』です。
世界中のほとんどの地域で行われる
故人の死を惜しみつつ
しめやかに送り出すという
葬儀とは全く異なる、
ニューオーリンズの『ジャズ葬』。
その背景には、複雑で悲しい理由が
隠されています。

聖者の行進 聖者の行進

ニューオーリンズには、
遠くアフリカの地から
連れてこられた人々が
奴隷としての労働を
強いられ、搾取され、
差別されてきたという
過去があります。
また、この地は古くから
湿地帯であり、その風土は、
黄熱病や天然痘といった
伝染病を幾度も流行させました。
そんな環境で暮らす人々にとって、
生きることは苦難や悲しみの
連続だったのだと思われます。
そして、死は、辛く苦しい人生から
解放されるための大きな救いと
考えられるようになりました。
明るくにぎやかな
『ジャズ葬』には、
死によって辛い生から解放された
故人への祝福と、
次こそは楽しく幸せな人生を
送って欲しいという、強い願いが
息づいているのでしょう。

聖者の行進 聖者の行進

ブラスバンドの奏でる
にぎやかな音色、
思い思いのステップを踏む
葬列の人々、
そしてその輪に加わり
踊りはじめる街の人々。
私たちの常識とはかけ離れた
葬儀の形態ですが、
彼らの胸中にあるものは、
決して私たちとかけ離れたものでは
ない気がします。
それは、そのまんなかに、
私たちとなんら変わることのない、
「人を思う心」が確かにあるから
なのでしょう。