壬生の花田植 壬生の花田植

日本の祈り

[vol.5]
壬生の花田植

Academic
2022.11.18 Illustration:Makoto Motomura

日本各地に伝わるお祭りや儀式、多様な祈りの姿をたどって。祈りのあり方を見つめる、空想の旅へ出たいと思います。どうぞ皆さまもご一緒に。自分らしい祈りのかたちを探しに行きませんか?

初夏の爽やかな青空、ゆったりとした田んぼと青く茂る山々、豪華絢爛に飾り付けられた牛と活気ある囃子の音…田植えも終わりを迎える6月最初の日曜日、広島県の西北端に位置する北広島町壬生地区では今年も賑やかに「壬生の花田植」が行われました。

特別な田植えで豊穣を祈る

花田植とは、田の神さまに豊穣を祈願する行事ですが、それだけではありません。娯楽の少なかった農村では、いつもの田んぼがハレの舞台になる一大行事でもあったそうです。

田植えは、腰を曲げて泥の中を少しずつ移動していく過酷な労働です。農業の機械化が進むことでそのような大変さは改善されましたが、昔ながらの田植えを体験し、この地を守ってきてくれた先人たちに感謝することも、この祭りの大きな意味なのかもしれません。

田植えのイラスト

追い手が引きつれる十数頭の牛たち

田んぼには、角や体をきれいに磨かれ、花鞍や花傘、のぼりで着飾られた十数頭の「飾り牛」が登場します。牛たちは壬生神社からゆっくりと練り歩き、田んぼで代掻き(しろかき)を行います。

代掻きとは、田んぼに水を入れた状態で土を細かく砕いて平らにしていく作業のこと。今のような機械がない時代には、牛馬を操って代掻きをするのが一般的でした。

朝から晩まで、途切れることのない田植歌

牛たちが田んぼを後にしたら、早乙女と囃し手が華やかに登場します。花田植で重要な役割を果たすのが、田植えの総指揮を執るサンバイというリーダーです。これは、花田植でまつられる田の神様・サンバイ様を模しているといわれています。

サンバイがササラという打楽器を叩きながら田植歌の“上の句”を歌うと、赤いたすきや腰巻で着飾った早乙女たちは、“下の句”を歌いながら揃って稲を植えていきます。後ろでは、大太鼓、小太鼓、横笛に手打鉦(テウチガネ)が囃したて、いっそう賑やかな雰囲気に。ときにはバチを宙に投げたり踊ったりとパフォーマンスも見せてくれます。

数百曲は存在するといわれる田植歌。現在は、田の神迎えの朝唄に始まり、昼唄、晩唄と18曲が歌われています。田んぼに浮かぶ色とりどりの花鞍に太鼓や笛の厳かな音、早乙女たちの晴れやかな顔を見ていると、花田植とは厳しい労働を楽しく陽気に乗り切るための先人たちの知恵なのだと実感します。

平安時代にはその原型があったといわれ、かつては北広島のさまざまな地域で花田植が行われていましたが、現存するのは3ヶ所のみとなりました。
この「壬生の花田植」も一度は存続が危ぶまれましたが、地域一丸となった保存運動によって、今では毎年開催されるようになりました。地元の高校生も参加し、県外からも多くの見物客が訪れ、現存する花田植のなかでも全国最大規模となっています。

いつもの田んぼで華やかに行われる花田植。ここに住む人たちは、そんな特別な時間を通じて農業の大変さを知り、同時にその時間の豊かさを実感し、豊作を祈る気持ちが芽生えていくのでしょう。

自分たちの住む土地や日々に感謝する気持ち、土地への誇りと愛情、先人たちへの想い・・・そんなさまざまな気持ちを受け止める場として「壬生の花田植」という非日常の場があるのかもしれません。

Inori Information

  • 壬生の花田植

    壬生の花田植

    会期:毎年6月の第1日曜日
    場所:広島県北広島町壬生
    壬生の花田植特設会場
    見学:可能
    問い合わせ:https://www.town.kitahiroshima.lg.jp/ site/bunkazai/1708.html#b-02
    (北広島町>北広島町の文化財>無形民族文化財)
    コロナ禍の対応:2020年・2021年は開催を中止。
    2022年は3年ぶりに無観客で開催。

    飾り牛

    飾り牛

    この日のために代掻き
    (田んぼの土をならすこと)の
    調教を重ねた黒毛の牛たちが、
    金襴豪華に着飾って、壬生の日常を
    「ハレの舞台」に変貌させる
    [写真:北広島町教育委員会提供]