米川の水かぶり 米川の水かぶり

日本の祈り

[vol.4]
米川の水かぶり

Academic
2022.10.7 Illustration:Makoto Motomura

日本各地に伝わるお祭りや儀式、多様な祈りの姿をたどって。祈りのあり方を見つめる、空想の旅へ出たいと思います。どうぞ皆さまもご一緒に。自分らしい祈りのかたちを探しに行きませんか?

仙台から東北本線とバスを乗り継ぎ約3時間。宮城県登米市東和町の米川五日町地区で、国の重要無形民俗文化財でもある火伏せ(火災除け)の行事「米川の水かぶり」は開催されます。東北のなかでは比較的温暖で降雪量が少ない地域とはいえ、この神事が行われる2月は身体の芯まで冷えるような寒さです。

冬空の下、『藁男』たちの奇声に水しぶきが舞う

800年以上続くこの「米川の水かぶり」が行われるのが、2月の最初の午の日である「初午の日」です。昔は旧暦の2月の午の日(3月頃)でしたが、今は新暦で行われることが多く、いちばん寒い時期に当たるようになりました。

この行事を初午の日以外に行うと火事が起こるといわれ、戦時中も途絶えることなく続いてきたそう。昔は身近に起こる災難として、多くの人が火事を恐れていたのでしょう。風が強く、乾燥の激しい季節である初午の日に火除けを祈願するのには、そういった理由があるのかもしれません。

2018年には、秋田県男鹿市の「ナマハゲ」、岩手県大船渡市の「吉浜のスネカ」、山形県遊佐町の「遊佐のアマハゲ」などとともに、「来訪神 仮面・仮装の神々」としてユネスコ無形文化遺産に登録されました。

水かぶりのイラスト

お祭り当日の朝、ここ米川地区五日町の若い男たちは「宿」に集まり、藁で「オシメ」(しめなわ)と呼ばれる衣装と「アタマ」と「ワッカ」というかぶりものを作ります。完成したら、裸に「オシメ」を着て、顔に「竈炭」(かまどすみ)を真っ黒に塗り付けてから、「アタマ」と「ワッカ」をかぶって準備完了。冬空の下、藁の間から腕と脚を出した奇妙な姿に思わず笑みがこぼれます。

宿を出た一行は、梵天を持った還暦又は厄年の参加者を先頭に列を作り、地区の菩提寺である大慈寺へ。境内にある火除けの神「秋葉山大権現」へと参拝します。その後は「ホーッ、ホーッ」と甲高い奇声を発しながら通りを練り歩き、家々の前に用意された水を家と屋根にかけながら進んでいきます。その光景は力強くも、このかぶりもののせいか、どこか愛らしくも感じられます。もちろん、オシメを着た男たちも水浸しに。「水かぶり」といわれるのは、この光景ゆえでしょうか。寒いこの季節、水がかかった肌からは湯気が立つことも。冬の空に勢いよく水しぶきが舞う、威勢のいいシーンが印象的です。

祈りでつながる地域の一体感

町内の人々は、一行が通りかかるとオシメの藁を引き抜きます。引き抜いた藁を屋根の上に載せると火除けになります。家々を回り終わる頃には藁はほとんど抜かれ、見事な衣装は見る影もなくなってしまいます。

約1時間かけてコースをまわると、一行は宿に引き上げました。ほとんど裸の男たちは、ずぶ濡れになりながらもやり切った後の満足気な顔を見せてくれます。この一行とは別に、黒い僧衣を着たヒョットコ役と女装のオカメ役が、町内の家々から火除けの礼とご祝儀を集めて回ります。

ヒョットコとオカメのイラスト

「米川の水かぶり」には、若者たちの成長を祝う通過儀礼としての意味合いと、厄除け祈願、火除けの3つの役割があるようです。地域の若者たちの成長を祝い、春を迎えるにあたって1年の無病息災身体堅固を祈り、火事の多い時期に地域の無火災を祈る。この場所で生まれ育ってきた人々の想いが、途絶えることなく長年受け継がれてきました。オシメを着た男たち、水をかけられる家の人々、藁を抜く子どもたち。「水かぶり」が終わる頃には、同じ出来事を経験した人たちの不思議な一体感が生まれていることでしょう。

藁のイラスト

来訪神の行事というと、少し怖いイメージがありましたが、地元の方々が「我先に」と一行の藁を抜くこの神事は。賑やかで楽しげに感じられます。宿を出た一行の出発地である大慈寺境内の広場では、豚汁の振る舞いや特産品販売なども行われるそう。

「お祭りとは、本来こういうものなのかもしれない」と思うような、非日常でありながら和やかで笑いにあふれた光景。今年も裸の『藁男』たちが行き交い、「ホーッホーッ」の奇声が響くのを楽しみに待っています。

Inori Information

  • 米川の水かぶり

    米川の水かぶり

    会期:初午の日(2月最初の午の日)
    2023年2月5日(日)開催予定
    場所:宮城県登米市
    東和町米川五日町地区
    見学:可能
    問い合わせ:
    bunkazai@city.tome.miyagi.jp
    (登米市教育委員会 文化財文化振興室)
    ※2022年は規模を縮小して開催。

    火伏せ祈願

    火伏せ祈願

    藁で作った装束を身につけた男たちは
    火の神様の化身とも言われている
    [写真提供:米川の水かぶり保存会提供]