見島のカセドリ 見島のカセドリ

日本の祈り

[vol.7]
見島のカセドリ

Academic
2023.2.24 Illustration:Makoto Motomura

日本各地に伝わるお祭りや儀式、多様な祈りの姿をたどって。祈りのあり方を見つめる、空想の旅へ出たいと思います。どうぞ皆さまもご一緒に。自分らしい祈りのかたちを探しに行きませんか?

ガシャガシャッ、ガシャガシャッ。今年も、静かな夜の見島に「かせどり」が打ち鳴らす竹の音が響きました。

佐賀県佐賀市蓮池町・見島。人口70人に満たないこの小さな地区に、350年以上前から伝わる「見島のかせどり」という行事があります。まだ寒い、2月の第2土曜日。神の使い「かせどり(=加勢鳥)」が新年を祝福しに、家々を周ります。「男鹿のナマハゲ」や「米川の水かぶり」とともにユネスコ無形文化遺産にも登録されている、来訪神行事です。

新年の祝福を待つ家族

厄払いや五穀豊穣・家内安全を祈る「見島のかせどり」ですが、一家揃って家で「かせどり」を待つ様子からは、家族の行事として楽しむ人々の姿が見えてきます。年に一度、親と子と祖父母が一緒に準備し、非日常を体験する。ここに生まれ育つ人々には、そんな家族の風景があるのかもしれません。

大福帳のイラスト

竹を打ち鳴らして、行事はスタート

行事の主役「かせどり」を担うのは、地域の青年たち。つがいで訪れるとされているので、2人で扮します。頭に白い手拭いをかぶり、その上から笠をかぶって顔を隠し、藁のミノをまといます。音を鳴らす、2mほどもある青竹を持って準備完了。表情が見えない修行者のようでもあり、ふわふわとした羽を持つ鳥のようでもあり……。どことなくユーモラスないでたちです。
行事の出発地は、見島にある熊野神社。羽織姿の長老たちが待つ拝殿へ、「かせどり」2人が走り込みます。竹を床に叩きつけながら顔を見せないように盃の酒を飲むと、謡が始まります。同じ所作を3回繰り返した後、「かせどり」たちは「ガシャガシャッ」という音を残して、さっそうと拝殿を走り出ます。
これから2人の「提灯持ち」と2人の「天狗持ち」、「御幣持ち」1人と、「籠担い」の少年たちといっしょに、地域の家々を周るのです。

提灯持ちと御幣持ちのイラスト

家に響く勇ましい竹の音

各家では、一家揃って正座でその時を待ちます。背筋をピンとはったお年寄りに、眠たそうな子どもを抱いた親、きょろきょろと周りを見渡す子ども。行事の日特有の雰囲気が家を満たします。
竹を引きずる音が遠くから聞こえてくると、いっそう期待感が高まります。「かせどり」が勢いよく玄関から飛び込み、座敷へ。迫力のある大きな音を鳴らします。
独特の緊張感ですが、一家の顔は和やか。笠に隠れた顔が見られると幸せになると伝えられているので、子どもが下から顔をのぞきこむワンシーンも。どんな表情が見えたのでしょうか。「かせどり」を指差しながら、楽しそうに親の顔を見上げます。感染症の影響が広がる前は、お茶などを勧めて顔をあげる機会をうかがう場面も見られたのだといいます。
しばらくすると「かせどり」はまた竹を鳴らしながら走り去り、「籠担い」がお祝儀の切り餅を受け取ると、家には静かな興奮が残ります。

地域を担う「かせどり」たち

家々を周り終えると、「かせどり」たちは熊野神社に戻り、もらった餅を食べながら歓談するのが習わしです。神社には、家族の風景とはまた違う、地域の伝統を担う長老、青年、少年たちの風景がありました。世代を超え、見島の人々がコミュニケーションをする場所です。

「かせどり」を招く家族の風景と、送り出す神社の風景。2つの面があるからこそ、「見島のかせどり」は連綿と受け継がれ、長い歴史をつむいできたのだと思います。行事を通して生まれる家族と地域の絆こそ、「かせどり」がもたらす幸せなのかもしれません。

そういえば、青竹を打ち鳴らす音は、鳥が羽ばたくときの音にも聴こえます。寒い冬を越え、若葉が芽吹く美しい季節が訪れる。春を告げる渡り鳥がくるような、そんな予感に満ちた祝福の音です。
巡る季節に思いを馳せるというプリミティブな祈りは、自然とともに生きた先人たちだけのものではなく、現代に生きる私たちにとっても大きな意味を持つような気がしてなりません。

Inori Information

  • 見島のカセドリ

    見島のカセドリ

    会期:毎年2月の第2土曜日の夜
    場所:佐賀県佐賀市蓮池町見島
    重要無形民俗文化財:昭和51年(1976)5月4日
    ユネスコ無形文化遺産
    (「来訪神仮面・仮装の神々」の一つ):
    平成30年(2008)11月29日
    コロナ禍の対応:2022年は無観客で開催。

    竹鳴らし厄払い

    竹鳴らし厄払い

    「かせどり」という小正月の祭事は
    佐賀の見島以外にも九州と東北に
    いくつか伝えられている。
    どの地域も350年以上の
    歴史があるとされているが、
    そのルーツは不明。